迫水久常は日本の政治家、そして いわゆる「玉音放送」を起草した人物の一人です。太平洋戦争を終わらせた鈴木貫太郎内閣の秘書官でもあります。
私の好きなノンフィクション小説に「日本のいちばん長い日」があります。2度映画化されていますが、2つのなかでも2015年版が好きです。
この映画の中で、最も私の心に響いたところ。そこは、終戦詔書の内容で意見が分かれる場面です。
当初の文章は、「義命の存するところ、堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍び、もって万世のために太平を開かんと欲す。」というものでした。
意味は「正しい道に従い、堪えがたいことを堪え、忍びがたいことを忍んで、日本の将来のために平和を作ろう。」と言うことです。
しかし、その他の閣僚はこれに異議を唱えます。
「最初の言葉が国民に分かりにくい。」というのが、異議を唱えた理由です。
会議は「義命の存するところ」でなく、「時運の赴くところ」に傾いて行きます。
そこで、必死に迫水氏は訴えます。
「時運の赴く所じゃダメなんですよ!時の運びでそうなったから仕方ない!つまり、行き当たりばったりですよ。戦後の政治が理想も筋道もないものになってしまう!時運派の政治家が量産させることになります。」
我々は義命派の政治家を生む筋道を付けるべきなんです!と迫水は必死に説明をします。
しかし、迫水氏の訴えは虚しく却下され、「時運の赴くところ」となります。
戦争は悪です。それは分かります。しかし、そのときそこにいなかった我々後世の人間は、その始まりと終わりの真実を知る必要があるのです。
誰もが、日本のために命がけでこの国を守ったのです。最後の最後まで。
そうです。「どのように負けるのか。」を考えたのです。命がけで。
今日の私たちの平和は、その苦しい時代を生きた人々によって作られたことに、感謝せずにはいられません。
コロナ禍の今だからこそ、日本人の秩序ある行動と精神。これを忘れてはならないと思います。
TOZO 永井敏
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