体罰 擁護派と否定派

今、世間をにぎわせている体罰

非常に定義も難しく、私が今までしてきたことを思えば、自分は擁護派と否定派のどちらとも言えません。

ゼネコン在籍時代、所長として分譲マンションの監督を任されたとき、予算はギリギリ、工期もギリギリ、近隣関係者は反対派ばかり。

こういった状況の中で、部下にものを教える余裕がないとき、やはり注意不足の者には手が出ました。(軽く小突く程度ですねが。)

ただ確信をもって言えるのは、人が人にものを伝え教育していく過程で必要なことが、時代とともに変わってきているのは確かです。具体的に言わせて頂ければ、ティーチングとコーチングの違いだと思います。

*ティーチング:知識や能力を一定レベルにするための指導活動。上下関係が明確。一方的な指示命令が中心。→指示待ちに陥るケースがある。

*コーチング:目標達成条件を明確にし、備えさせる支援活動。上下関係より信頼関係が重要。話し合いにより「解は相手にあり。」を前提とした質問により、動機づけを行う。→自分で考える力が昇華される。

こう整理すると、当然、後者ということになりますね。

但し、釈然としないのは、私たちが学生だった頃、やはり校則を破れば小突かれたりしましたし、それで世の中、上手く回っていた気もします。(小突かれるのを承知で悪戯をした記憶もありますし。)

また、今の時代はコーチングかな?と思う反面、スポーツ界ではコーチと選手が何やらグシャグシャやっています。TV、新聞でみる限りですが。

これがよく解らないと冒頭で書いた理由です。

別の視点から例をあげて考えてみると、錦織圭選手にも当然コーチはいて、そのコーチは錦織選手よりテニスが上手いわけではなく、勝負強いわけでもないはずです。ただ、彼のフォームをチェックしたり、効果的な練習法を引き出したりすることに長けているのです。コーチは選手になれないことがそれを証明しています。

うーん、更に何が正解かよく解らなくなりますが、弊社の職員、職方、協力業者は全員、上も下もななくやっています。良いものを造り(創り)上げるという目標のもと、わからないことは教え合う間柄です。先生になったり生徒になったり、ときには友人になったりと。それでいいと思っています。馴れ合いはいけませんが。

これが我々TOZOの強み、といううことだけは、胸をはって言えます。

TOZO S


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株式会社 藤蔵ホーム(燕市・木造新築住宅・工務店)

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